支援する側にも支援が必要

2人の発達障害児を育ててきた十数年、たくさんの支援に頼り、それだけ支援する側の人にも出会ってきた。

その歴史を振り返り強く思うのは「支援する側の人も病むってことを知って欲しいな」ということ。

支援する側の人の支援も必要なのだとようやく考える余裕が出てきた私の話を聞いて下さい。

そして今まで関わってきて下さった方々への感謝が溢れ出る今日この頃です。

 

 

破壊的な多動児である息子が激しく暴れまわっていた小3の頃に出会った支援級の担任は、年齢的には私よりも先輩になる女性教師。

寝ている時以外は常に激しい息子との日々は、母である私もかなり病みながらの子育てだったのは当然である。

と同時に、学校で関わってくれている先生方も人間として同じ感情に行きつくのは当たり前。

 

あの頃、先生は病んでいたんだなって理解できる。今ならね。

 

しかし当時の私もいっぱいいっぱいだったので、先生個人への配慮まで出来てなかったんだと思う。

それも歯車が狂った原因なのかもしれない。

信じられないんだけど、その女性教師は、母である私に意地悪を言うことで日々をやり過ごすようになった。

そして私は黙ってそれを聞いていた。

私達が構築してしまったその有り得ん関係性は、人知れず歴史を積み重ねていくことになった。

 

最初は電話、そのうちわざわざ家にまで来て不要な攻撃を発する。

そこまで先生は何かに駆り立てられていった。

 

妊娠、出産の間際で、老犬2匹の介護、傍若無人な夫の世話、そして暴れる息子、家事の全てをワンオペでやっていた私は、既に別次元でも崩壊していたという背景がある。

それにより、先生からの日々の暴言に、私は反応することが出来なかった。

そもそも健康な精神状態の私ならばそんな風にしおらしくはないのに、その時期は余裕が無さ過ぎて、どうでも良かったのだ。

 

時には、言われっぱなしなモヤモヤをさすがに誰かに相談することもあった。

しかし周囲の反応は全て私の妄想なのかな?と考え直してしまうようなものであり

「まさか。あの先生がそんなわけない」

などと流されて終わり。

 

良い先生として世間では認定されている人なんだと私は知ることになる。

先生の悪魔のような一面は特定の人(私)だけに見せている。

ようするに先生は完全に人格が崩壊していた。

 

このことで思う。

支援する側の人の支援をもっと考えていく必要があるんだなって。

定期的なカウンセリング?発散?

もちろんそういう取り組みを始めている企業や病院もあるとは思うけれど、私達支援される側も目を向けて行かねばならない問題である。

 

その後、移動となった先生との縁は自然消滅していくわけだけど、

彼女を許す努力をしてきたつもりでも、今でもこうやって思い出すたびに苦しくなるからまだ私の傷は癒えていないんだな。



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