発達障害を理解して貰えないストレスなんて愉快な妄想で吹っ飛ばす

 

生きづらさを理解して欲しい

発達障害者が世間に望んでいること。

 

ただただ、シンプルに。

心の底から発信している。

皆が当たり前にできる事が難しかったり、とても時間がかかってしまったり。

感情のコントロールや喜怒哀楽が難しくって。

見た目は健常者と変わらないから信じられないかもしれないけれど

人との距離感や状況の把握を

いとも簡単に間違ってしまう。

そして悲しいけれど、間違っていることにすら気づけなかったり

 

それが私たちのハンディキャップ。

 

生きづらいんですって、

 

懸命に訴えているのに、

イマイチ理解して貰えていない感は否めない。

 

でも近年は、少しずつではあるけれど、だいぶ理解が浸透してはきたと思う。

 

とは言え、ここに至るまでは、日本人の知識がここまで追いつくまでは

皆さんはだいぶ、ご苦労をしてこられたんではないだろうか?

 

私も息子が幼い頃は、懇談会での公開処刑も経験し、

それなりに理解を求めようと力を尽くしてはいた時期があった。

 

ADHDという病のこと。

どんな性質で何が困ってて、対処するにはどうするか…etc

自分たちのことを知って貰おうと全てをさらけ出しての日々だった。

 

しかし発達障害との向き合いは、

あの頃の日本人には難しかった。

 

ただの異常行動にしか見えない。

それ一択のようだった。

 

とにかくウチの息子が迷惑だと声を上げるしか選択肢はなくなり、

 

周囲の声

なんで母親なのに言い聞かせないの?

ちゃんと躾なさいよ!

 

 

なんて、

無理難題を押し付けてくる始末。

 

それが出来ないから病だと言っているのに。

 

それすら知識として浸透することが出来なかった。

それが普通だった。

 

そういう時代だった。

 

刀を振り回すしか能がなかった遥か昔のように…

 

 

結局、とにかく謝る事しかできない使えない母親に愛想をつかせた保護者集団は

どうしても我慢できなくなり、連日、教育委員会へ駈け込むようになったらしい。

 

自分たちの子供に悪影響しかないから、あの子を辞めさろ

という提案を訴え続けた。

 

 

公立だから辞めさせられるわけがないのに、

それがわからない程に、あの方達も相当に病んでしまっていたのだろう。

うちの子の為に。

 

 

だけど自分たちが私立に転校しようという発想はないわけね…残念。

 

 

それでも私は何とか心を保てていた。

それは秘密兵器があったから。

妄想という武器を

 

おかん

将来うちの息子が超有名人になって

スターになって

地元の星!なんてうちの子をはやし立てたって

無視してやるから!

 

的な。

突拍子のない妄想

 

それが私の宝。

 

 

どんな嫌なことがあろうとも

常に楽しい未来を妄想して毎日進む。

 

深く考えすぎない私にはそれがあった。

 

自分たちを理解して貰えないというジレンマやストレスなんて

愉快な妄想で吹っ飛ばせば良い。

 

私は息子を育てていかなきゃいけないから。

 

幸せになってほしい!

 

そんな目標があるわけで。

 

その目標さえ見失わなければ

 

きっと道筋は間違えないだろう。

 

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