療育での苦悩@親同士のつきあいとか

発達障害児を育てる親であるならば足を運ぶであろう療育

そこは子供の発育の手助けをしてくれる有難い場所

のはずが…

親、主に母親にしたら苦悩にもがき苦しむところでもある説はご存知?

 

これは私の人格の歪みによって生じる苦悩だと思っていたら、そうでもないことを知る。

Twitterにて他のママさんたちのお話を聞いていて、同じような想いの方がたくさんいるんだなって

私だけじゃないと随分と救いになった。

 

ほんとに日々、Twitterでは似たような境遇の方のツイートに助けられている。

是非、Twitterやってないよという方、始めた方がいいですよ(#^.^#)

 

 

そして今回の話題、療育での親の苦悩とは

集団療育でのこと。

 

娘の療育を始めることになったきっかけは、市の検診で発育の遅れが指摘されたので。

周囲からの導きに身を任せるだけで有難いことに市の集団療育へ参加させて貰うことが出来た。

 

療育ってなに?というワケのわかっていない状態での開始。

そして初めて目にした療育にとても驚かされたもの。

なるほど、こんな風に刺激したりしながら個々にあった教育の仕方があるんだなって。

感心&感動、このような暖かい導きに喜びしかないスタートだった。

 

しかし問題はすぐに浮上した。

子供が療育を受けている最中でのこと

親、(主に母親)は別室に集まることになる。

 

そこでは提出書類の配布や記入、支払い等の事務的な作業がある。

その後、余った時間はママさん同士の情報交換の場。

おしゃべりタイムとなる。

障害児を育てる親同士、親交を深める。

連絡先を交換したり、ランチのお誘いもありの出会いの場があった。

 

一見、楽しそうに思えるこの空間が私には苦痛で仕方がなかったのだ。

もちろん色んな方の考えも知ることができて学びは多い。

でも一口で障害児と言っても幅広く、重度の子、軽度の子、それぞれが入り混じる。

うちの子より年上なのにまだ言葉が出ない子、オシメが取れそうにない子、

恐らく支援学校への進学が決定的だというお子さんもいて当然。

 

その中でうちの子はまだ発達障害の診断も下されていない軽度。

恐らく知的な遅れ無し、学校も地元の小学校へ進むんだろう。

その違いについて指摘してくるママさんがいた。

『いいな、いいな』と…たいした悩みじゃないよね的な?そんなプッレシャーに押しつぶされる時間。

そして極めつけは、うちの娘が所属している保育園は地元でも人気な保育園であるということ、

また障害児は入学申請の時点で断られるんだという話題が何度も何度も出るのだから。

事実、そこで出会ったお子さんたちは入学を断念した子ばかり。

 

私は責められている

 

決してそんなことはないだろうに、そんな被害妄想に囚われることになった。

 

そして私は日頃、健常児を育てる親御さんに対してこんな想いをさせているのかもしれない?

そんな申し訳ない気持ちにも支配されることになった。

 

子供が療育でどんどん色んな学びを得ると同時進行で、私の心は不安定になっていく。

『この集いは参加しないといけないんですか?』という一言をあげる勇気がなかった私は悩んだ挙句、

半ば強引に3か月程で集団療育の場を去ることになる。

個別の療育へ切り替えることになった。

 

まさに今そんな悩みを抱えているという方がいるのであれば

私の経験談が参考になれば良いなって思う。

 

子供の為に我慢しなければならない?という考えは純粋な想いとして必ずあるに違いない。

それでも、母親の心の健康が何よりも大事

そう決断してもいいと思う。

 

どうしても我慢できなかった私が正しいのかどうかはわからないけれど。

 

それにしても数年前、息子の幼き頃は重度障害者にしか用意されていなかった療育

今では誰でも受けることが許されている。

そんなスバラシイ時代の進化に感謝しかない。

 

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