障害者は支援して貰うことが当たり前?権利意識は置いておいて『ありがとう』をまず言いたい

支援の昔と今

 

発達障害の知識が国民に浸透していなかった頃。

数少ない専門家のみがソレを理解してくれていただけで

それ以外の学校関係者や市の職員などの、子供と関わりを持つ人のほとんどがソレをイマイチ理解していなかった。

 

理解していないレベルはどの程度かというと、

そんな病気があるわけがないという意識が見え隠れする。

 

無知で心無い言葉をズケズケと言ってくる。

そんな自分たちの失言にも気づいてもいない。

 

それは意地悪でもなんでもなく、ただ本当に知識がなかった。

 

今では考えられないけれど、

発達障害の子供を直視しても

親の躾の問題だという位置づけをするしか術のなかった時代だった。

 

支援して貰うのが当たり前という意識は正解?

 

今の時代は国民全体に知識も浸透し

ハンディキャップを抱えているからといって、肩身の狭い想いをしなくても良くなってきたのかもしれない。

 

堂々と支援を受けるという選択を皆が知っていて、

支援を受けるまでの導きも体制として整っている。

 

当事者からすれば、まだまだな部分も、もちろんあるけれど。

昔と比べたらとても生きやすい世になってきたのは実感できる。

 

時代の変化とともに、障害者が堂々と生きれるようになっていくのは凄くいいと思う、もちろん!

けど、それと同時に違和感も覚えるのは私だけなのかな?

 

支援が行き届いていないという当事者の怒りの声を聞くことがある。

 

こっちは不自由なんだから、我々のことを優先的に考えろという権利意識

 

??

 

たまに聞こえてくるんだよこんな意見が…

もっともな言い分だとも思う。

 

でも何か違う。

 

上から目線はやめたい。

 

支援に対しての感謝の気持ちというのは、

我々の新鮮な想いとして消さないで欲しい。

 

健常者も人間
障害者も人間

 

どちらも一緒の貴い存在。

 

支援して貰って当たり前

そんな悲しい考えはしまっておいて、

ありがとうって、言って生きていたほうがきっと幸せになれる気がする。

 

 

世を動かすには先ずは私たちが理解しなければならない。

世に理解を求めるならば先に変えるのは私たちの意識。

 

志を高く持っていきたい。

私たちが間違ってはいけない。

嫌な人にはなりたくない。

 

周囲に愛されることって、きっと武器になる。

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