なぜ日本の療育は短期間で進化したのか

息子が幼い頃は世の中に発達障害の知識が浸透していなかった。

故に周囲からの理解を得ようと奮闘したけれども理解を得られなくて苦しんだという闇歴史がある。

 

 

あれから10年程の時間が流れ、

そんな面影は見当たらないのでは?と困惑してしまう程に世は変化していた。

発達障害への理解を習得しつつある日本人の進化した姿がそこにあった。

 

昔の世間の声

『そんな病気なんてない』

『ただの言い訳』

 

昔はよく耳にしていた、

理解を得ようとすると相手から投げかけられた悲しい言葉を聞かなくてもよい時代が訪れていた。

 

 

療育の凄まじい発展の理由を考えてみた。

 

結論から言うと、

私たちの苦しみは無駄ではなかったということ。

 

当事者や家族の苦しみの声。

迷惑だなと思いながらも共に歩んできてくれた地域の人々の声。

 

両者の意思のぶつかり合いでの争いのようなものも確かにあった。

両者の切磋琢磨が生み出した文化が今の目の前にあるもの。

 

導かれた答えは、自分自身を激励したいがための私よがりなものかもしれない。

でも意見を出し合わなかったらこんな目覚ましい国民の意識の進化はなかったはず。

何があろうとも、人間とは言葉や思いやりでコミュニケーションがとれる生きものなんだなと思う。

必ず良い道筋を手繰り寄せることが出来る。

 

苦しくても悲しくても死にたくなっても、

そんな日常こそが未来を築き上げていく。

 

たった10年、

日本人の意識はここまで進化した。

 

どんなハンディキャップがあろうとも未来は絶望的ではない。

苦しみにも意味がある。

 

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