日本人は進化している

今となってはわりと嘘みたいな話だけど。

10年ほど前の日本では発達障害についての知識はほとんどなかった。

 

信じがたいけれど、

自分の子供の発達の遅れを認めない

そんな親がそこかしこと存在していた。

 

今の世でも他人からの理解を得づらい環境は仕方なく、

当事者の試練としては定番中の定番。

 

だけど

親が我が子の発達障害を絶対に認めない

そんなパターンも一昔前は当たり前に見受けられた。

 

親御さんも明らかに育てづらいだろう。
子供本人も明らかに生きづらいだろう。

 

周囲が手を差し伸べようとしてもそれを跳ね除ける。

『うちの子は普通だから!』

 

頑なに認めることを拒んでしまう。

そんな悲しいご家族をたくさん目にしてきた。

 

我が家の場合は子供の発達障害を隠すという選択肢は全くなかった。

 

堂々と周囲に伝えることが、本人が地域で生きていく為には必要不可欠なものだと信じていた。

しかし

私達のそれとは全くの正反対の考え、そんなパターンもあるのだと知った。

というよりも、あの時代は私のような考えの方がより少数派だったのかもしれない。

 

他人A

我が子を障害者だと言っている、最低な親

他人B
育て方がわからない言い訳をしている親

 

 

もっぱら私が君臨していたポジションは常にそのあたり。

 

でも私にはわからなかった。

親が子に望むことは?

それはたった一つ。

幸せになって欲しい

それに尽きる。

 

けれど

そんな当たり前のことすら念頭から飛んでしまっている。

 

いたいけな我が子の幸せな将来に必要な道

それすら思い描けない。

 

生きやすい道筋へ向かう為の道しるべさえも立ててやれない。

 

なんでそんな思考になるのかが私にはわからなかった。

 

でも本当は知っているのだ。

彼らも知っている、

ちゃんと子供の発達について。

わかっているけど認めたら終わり

そう思ってしまうらしい。

 

もう一歩踏み出してみれば苦しまなくてもいいのに…

見ていて辛くなるけど仕方がない。

 

あの頃は安易にそんなことを口にしたら大変な時代。

 

発達の遅れを指摘する学校の先生や保健士さんに対して

怒り狂う

そんな親御さんも普通にいたのだから。

それが変ではない時代だった。

 

 

 

あれから10年。

日本の療育は凄まじい発展を見せてくれた。

 

子を持つ親の意識が恐ろしく進化している。

 

子供の発達の問題を指摘された親は当然ショックを受けるけれど、

あの頃とは明らかに違っている。

 

どうすればこの子にとって、家族にとって一番良い?

様々な視点で悩み苦しみ、

未来を見据えたポジティブな姿を目にするようになった。
変人だと思われていた私の考えは間違っていなかった。

世の中がようやく私に着いてこれた?ということにしておこう。

 

戯言は置いておいて、

国民の進化の速さを目の当たりにした私こそ言い切れる。

 

障害者が健常者と対等に肩を並べる時代は

それほど遠くはない。

 

私はそれが言いたかった。

 

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