『こんなの病気じゃない』と発達障害児へ平気で怒鳴りつける指導者

ここ近年のはなしだけれど

発達障害児などのハンディキャップを抱えている人へ対しての配慮が囁かれてきている。

 

テレビなんかで特集が組まれているのを頻繁に見かけたり

芸能人がカミングアウトしたりなんかして。

 

医療の発展とともに発達障害、ADHD、自閉症スペクトラムなどのワードを耳にするようになった。

 

当事者の方以外は、いまいちピンとこないかもしれないけれど、

そんな病の人が世の中にいるんだな

程度には認識が出来ているのではないかな?

 

 

 

 

10年程前の話になるけれど

ちょうど息子のADHDの診断をうけたころ

私たち当事者としては、生きずらい、育てづらい、という悩みへの理由が判明し、

診断名があるということに、とても喜んでいた記憶がある。

 

今まで上手く周囲と馴染めなかった理由

 

それがわかった。

 

『関わりのある人たちに伝えなければならないな』

なんて、

次のステップへ動き始めた私たちは

すぐに絶望の底へ突き落とされることとなる。

 

誰も信じない

 

そんな現実が待ち受けていたのだ。

 

そんな病や診断名を知っている人がこの国にはほとんどいなかった

それが現実だった。

 

周囲の声は…

周囲の声

ただの思い込み

子育てが上手くいかない言い訳

 

 

苦しんでいる当事者にはとてもキツイキツイものだった。

なんの悪気もなく、それを言い放つ興味なさげな人たちの表情

今でも思い出すと心が震える。

 

 

教育関係者は、一応は聞いたことはある程度の反応を示すので

一般人よりは、とりあえずマシだったのかもしれないけれど。

 

ー知ったかぶりー

だということを知るのは割とすぐのこと。

 

でも仕方がないのかもしれない。

まだ日本自体に知識が浸透していなかった

そんな時代だったから。

 

 

頭を悩ませ、懸命に向き合ってくれる教師には、

今でも頭があがらないけれど。

 

 

逆に、どうしても受け入れられないという教師もいた。

 

教師

そんなの病気のわけがない。

ただの怠けだ!!

 

そんな言葉を当事者へむけるのだ。

しかも怒鳴り声で。

 

ADHDの子供に対して、自分の感情を思いっきりぶちかましたりするんだから何も解決なんてしない。

 

その方が担任の年度は、パニックになって行方不明になった息子を探すために、

私は生まれたばかりの下の子を抱えて何度も学校へ走った。

 

結局、その年は息子はほとんど恐怖で教室へ入ることができなかった。

 

辛かったけれど…

私も息子も生きていかなければならない。

そう考えると、そんな教師でも許すしかなかった。

 

そんな人間もいるんだなぁっていう学びを息子へ与えることができた一年だと考えると、

収穫多き年だったのかもしれない。

 

子供相手に感情的に怒鳴り散らすあの先生もまた、

何らかのハンディキャップを抱えているのかもしれない。

 

そんな配慮の意味も込め、先生には頑張って下さった敬意を表したい。

 

あの頃は、あまりにも日本人に知識がなさすぎた。

 

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